にごらない

超雑記

胃薬でうつ病治療?〜テプレノンとHSP(ヒートショックプロテイン)

 興味があるのでなんとなく周辺情報をまとめます。


www.jiji.com

ストレスを与えてうつ状態にしたマウスの脳の海馬で、HSP105と呼ばれるタンパク質が著しく減少したことに着目。HSPを増やす薬剤テプレノンを投与すると、うつ行動が改善したという。

岡山理科大理学部、橋川直也講師(分子生物学)の研究です。ちなみに岡山理科大は東京理科大系列ではなく加計学園系列です。


HSP105 prevents depression-like behavior by increasing hippocampal brain-derived neurotrophic factor levels in mice | Science Advances
サイエンス・アドバンシーズの論文(英語)


f:id:nigo:20170601150921j:plain

「うつ関与のタンパク質特定」

 この報道の見出しに対し一部誤解があるようなので最初に注釈を入れますが、ドーパミンとかセロトニンとか、うつに関与しているであろう体内物質は数多あります。HSP105だけがうつ状態を引き起こす犯人というわけではありません。現状この論文一本が発表された段階ですので、HSP105という物質がうつ状態に関与している可能性がある、という程度に受け止めてよろしかろうと思います。


 「テプレノンがHSPの発現を促進する」という事実がある、を知らなかった私はまずそれが当たり前の前提として使われていることにビックリなんですけど!

テプレノンとは

 テプレノン、製品名セルベックスとして知られています。テプレノン「トーワ」「サワイ」「日医工」等々各種ジェネリックもあり。効能は胃粘膜の分泌促進、胃粘膜の血流促進。詳しくはセルベックスの添付文書をどうぞ。PDF画像をクリックで続きが読めます。


http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ph/PDF/170033_2329012C1026_1_14.pdf

医療系情報はまずgo.jpドメインから当たろうな。中年との約束だぞ。

熱ショック蛋白(HSP)誘導による細胞保護作用
モルモットにおいて、胃粘膜細胞内のHSP60、70、90を誘導し、細胞保護作用を示すことが確認されている。

添付文書に明記されてました。ん? HSP105、なくない?


 市販薬としてはエーザイの胃薬セルベールに含まれています。処方薬のテプレノンカプセル一粒にテプレノンは50mg含まれていますが、第2類医薬品のセルベール一錠には37.5mg含まれています。あれ、その程度しか変わらないものなの?



 テプレノンは副作用もほぼない穏やかな薬です……というものの、今回のマウスに投与された量のテプレノンをヒトが摂取しようとすると完全に規定容量オーバーになるのでやめましょう。おれのからだマウス並みの機序を起こすから! と謎の自信があれば飲んだらよいのではないでしょうか。


ヒートショックプロテイン(HSP)とは

 元々TARZANを購読し続けて筋肉が鍛えられた気になっていたクラスタなので、HSPというとどちらかといえばハイリーセンシティブパーソンではなくこちらです。あちらはハイリーセンシティブヒューマンとかにしませんか……。


 ヒートショックプロテインとは、読んで字のごとく、熱によるストレスを与えると体内で増えるタンパク質のことです。温度が上昇すると人間の身体は損傷を受けます。そのように体内のタンパク質が熱により変性してしまうような場面で、細胞を保護したり炎症を抑制したりする働きを持っています。


テプレノンはアルツハイマー病にも効く?

 「テプレノンがHSPの発現を促進する」にビックリ、と書きましたが、タンパク質の変性から起こる疾患として有名なアルツハイマー病に対する研究もあったようです。


http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/KAKEN_24590084seika.pdf?file_id=108460

科研費が出ていた2014年慶應大学薬学部のマウスを使ったアルツハイマー病抑制の創薬研究。リサーチペーパーのみで論文はないです。


 アルツハイマーは一般にも注目度の高い病気ですので、数年前のこの段階でもそこそこ話題になっていましたが、なんというかその、この研究の中心になって進めていた教授が2015年7月に研究費の不正使用などで懲戒解雇されてまして、研究の行方はようとして知れず。

【研究課題データ】胃薬テプレノンのアルツハイマー病治療薬としての開発 | 日本の研究.com

↑ここではくだんの教授が「治験は2015年度からやります」という話をしています。治験……?

アルツハイマー病におけるテプレノンの認知機能障害抑制効果に関する臨床的研究|関連する治験情報【臨床研究情報ポータルサイト】
南風病院臨床研究支援室:公益社団法人鹿児島共済会 南風病院
http://www.nanpuh.or.jp/pdf/crso/p04/【臨床応用開発室】テプレノンのアルツハイマー病発症抑制に関わる後ろ向きコホート研究.pdf

おー、鹿児島の南風病院で治験中でした。そのうち結果が出るかもしれませんね。

テプレノンは間質性肺炎にも効く?

 医療関係者の間で注目度が高かったのはきちんと論文が存在するこちらのようで、肺がんの抗がん剤イレッサの副作用としての間質性肺炎をテプレノンが予防する、という話が同じ教授の研究であったようです。……あったようです、というのは、やはり論文の発表された2011年以来の続報がなく。


 掲載先は採択率7割とも噂される査読の緩いPLOS ONEだったりします。

Suppression of Expression of Heat Shock Protein 70 by Gefitinib and Its Contribution to Pulmonary Fibrosis



HSPと分子シャペロン (ブルーバックス)

HSPと分子シャペロン (ブルーバックス)

個々の研究は上手くいっていないかもしれませんが、この本のレビューは悪くないです。理念はすばらしいのだと思います。罪を憎んで作品を憎まず。

テプレノンは糖尿病に? 音響障害にも?

 慶應以外にもテプレノンの転用を試みる皆さんがいました。


脂肪のとりすぎによる2型糖尿病にも胃薬は効くか? | UTokyo Research

ストレス制御タンパク質の量を増やす作用のある市販胃腸薬のセルベックスTM(テプレノン)を投与したところ、マウスの糖尿病状態が大幅に改善しました。すなわち「高脂肪食をとりすぎても、この胃腸薬を飲んでいれば糖尿病の発症をある程度抑えられる」といった予防医学の可能性

テプレノンの音響障害によるシナプス障害への保護効果

 なんなのテプレノン。試され過ぎじゃないテプレノン。テプレノンの新たな効能をみつけた研究室に莫大な賞金でもかかってるの。それだけテプレノンが安全性の高い成分、かつHSPの役割が注目されているということでしょうか。


もうよくわかんないけどとりあえず飲んでみるとかしたくなりますけど、やめましょう。胃薬ですよ胃薬。


胃薬出身の抗うつ剤、初めてではない

 胃薬出身の抗鬱剤というと、メンがヘラってる人達の間では「乳汁が出る」ことで有名なスルピリドを思い出します。製品名ドグマチールでおなじみのスルピリドも、胃薬としては胃粘膜の血流促進などの効能があります。実はスルピリドがなぜうつ病に効くのかはまだよくわかっていません。いまさら作用機序がわかったところでこれまで日本で処方されまくってだいたい副作用は人体実験済みなハイリスク薬の採用が増えるとは思えず、テプレノンと同じHSPからの機序でアプローチする研究などは望み薄かもですね。


 しかし、抗精神病薬で乳汁が出ると言われると「あ、ああ、仕方ないね、あるかもね」と納得しかけてしまうのに、胃薬として飲まされて副作用で乳汁が出るのはなんかイヤだな……と感じるのはなぜなのか。向精神薬は機序のよくわからないものが多すぎて謎の副作用も受け入れがち説。

HSPを増やすには風呂入れ風呂

 薬に頼らずHSPを増やす方法はないのか、といえば、あります。熱変性を起こす出来事があればいいんです。HSPはよく「あっためたら良い」の科学的根拠として適当に引っ張られてきます。お風呂とかサウナとかですね。運動をするのもいいですよ。


 中でもお風呂で増える、というのは風呂・温泉業界が推しまくってます。近年はヒートショックプロテイン入浴法としてメディアで紹介されまくりのようです。HSPに興味のある人は、胃薬を買う前にまず40-42度で20分お風呂に入れ。


ヒートショックプロテインで元気に! | はぴばす | 株式会社バスクリン


 HSPはシミを抑制するとかシワを抑制するとかコラーゲン生成に関与しているとか、美肌方面でも脚光を浴びています。「顔面を42度のお湯やタオルで数分温めろ」みたいな雑なHSP促進情報とか流れてます。い、いや、雑すぎないかそれ。大丈夫か。レタスをお湯につけるとシャッキリするよ! とはわけが違わないか。まあ風呂入ればいいんじゃないでしょうか。風呂。

HSPはがん細胞を増殖させることも


がん細胞の増殖に必要な遺伝子を発見 << 国立がん研究センター

膀胱がん、脳腫瘍などでは、IER5およびヒートショックプロテイン高発現の患者で予後不良であり、IER5・ヒートショックプロテインの発現を調べたところ、正の相関が認められたことから、IER5-HSF1-ヒートショックプロテインという経路ががんの悪性化や転移に寄与する可能性が示唆されました。

 すぐに風呂入ってきた皆さんに水を差すようでアレですが、物事にはだいたい裏と表があり万能な健康情報など存在しないと心得ましょう。HSP90はがんの進展と関連が深いということで、HSP90の働きを阻害する薬が抗がん剤として開発されているとのことです。

続報、お待ちしてます


 今回のテプレノンでHSP105が、という論文の載った雑誌も、前述の間質性肺炎の論文が載ったのと同じく査読の緩いオープンアクセスジャーナルです。マウスの実験から次の段階の成果を出すのは前述の例からしても難しいんだろうなと素人は考えます。研究の続報、お待ちしてます!


(関連記事)

www.edoriver.com

GoogleでHSPを検索するとこちらのHSPで完全に埋まるんだけど、私がこの記事を書いたときに散々ググったから私のアカウント向けにカスタマイズされてるんだろうか。